日記・コラム・つぶやき

2011年12月 9日 (金)

結局転院・・・

前回のブログで最後の場所を探しに旅に出ましたが、そこまで追い詰められていたのが・・・

 

 

結局は医師と病院・・・

 

 

 

理由は少し時間がさかのぼってしまうのですが10月末ごろ、休職後退職となって病気によって退職したので失業手当の受給開始時期の延長の手続きをするため病院側に病状証明書なるものを書いてもらっていたのですが、いざ内容を確認するとまったく意味の無いものに・・・

 

その書類を書いた日付はまだ自宅療養のため休職が必要との診断書の期限内であるにもかかわらず、「仕事する事が可能」となっていました。

提出の期限も迫っていたのでその日は既に診察時間が終わっていたので、次の日に病院に電話し医師に説明をしてもらうことに・・・

そこで医師からまず出た言葉は

 

退職になった日は休職の途中であったから仕事することを可能だということにした

 

と・・・、その書類の判断基準はその書類を作成した日・・・、医師に

 

この書類の意味わかっていますか?

 

と、問いかけると逆ギレ

 

そもそも、私と相談して決めたことでしょう

 

と、既に先の話と食い違っています。

私がお願いしたのはその上の部分だけ、あとは分からない事があったら電話しますと・・・

何かを受給しているかの問い合わせはあったもののそのことについてはありませんでした。

で、その医師とは4年間通院や入院をしましたが1年ほどしか診てもらっていません。

それまで、月に1度ですがずっと通院してきてその日始めてまともに話す機会ができてわかった事が多数・・・

 

・自分は前の先生がそうだったので会話をしっかりするものだと思い、その医師が話をし始めてすぐ返事のつもりで話をしていたのですが、その医師曰く

 

自分が話し始めても私が途中で話を始めてしまうので私は話を聞いてくれない人だと決め付けていたと

 

たとえそうだったとしても、患者を説得し話を聞いてもらえるまで続けるのも医師の勤めだと私は思うのですが・・・

 

・その病院は予約制をとっているので予約を予約としたいので、一人の患者にかける時間に制限を設けていると

(以前の医師は予約制ではあったのですが時には時間をかけてしっかりと聞いてくれていました)

(比較対照としておかしいかもですが、市立病院の泌尿器科より時間ぴったりで診療が始まります。)

 

・私には投薬治療ではなくカウンセリングのほうが必要だと以前から思っていましたと

 

・私が話を聞いてくれない、私の話が長い、予約時間だけは守りたいとの事で、その医師は何も言わなかった。

 

・自分は大学からの期限不定の出向であるのでいつ辞めるかもわからない。

 

このとき薬は以前の医師も突然辞められてしまって医師に対しての不信感が増した上に仕事をしていて、薬が無くてもしばらく調子がよかったので断薬してしまった私にも非は当然あるのですが、再び調子が悪くなった時に今まで飲んでいた量の薬をすぐにまた飲むのは体に負担が掛かるので一度減らして徐々に増やしていきましょうと言われていましたが、増えることも無く休職・退職まで行ってしまいました。

 

で、その事が判明したのが休職させられて自殺計画までして更に3ヵ月後、その間もカウンセリングが必要だと思っている医師なので薬の変更も何もなし、私に対しても何の説明もなし・・・

 

大学からの出向だということを踏まえるとこの医師の方針は病院の方針そのもの、出向の医師は大学での地位を守るためには出向先の言うことを聞かないわけにはいかないですからね。

 

その時私は薬依存になってしまうことに対しても不安があるとこと行っていたのですが、医師としてはたとえ薬が増えることになってもまず根本を落ち着かせるのを説得するのも医師の務めなんじゃないですかと言いました。

 

そして、その1週間後に通常の予約での診療で再び病院にいったのですが、カウンセリングは保険対象外なので、受けることは難しい(受けないとは言って無いです)とは言いましたが、その病院で行っているカウンセリングについての話を他の人に変わってでもあるのかと思いきや何もなし、結局それまで飲んでいた薬を2錠から3錠に増やされました。

医師としてのプライドすらねぇ( ̄  ̄メ)

 

そして薬が増やされ、1週間ほどたつと今までの事が嘘だったかのように体調がよい方向に向かっていきました。

そこで仕事をしていると気に徐々に薬の量を戻していきましょうと話を思い出しました。

たった、1錠でこれほど体調に変化が現れたのですがから仕事をしている時にきちんと戻してくれていたならば職を失わず、先に対する不安も少なくて済んだのではないかとの怒りもわいてきました。

そして、休職の診断書とすぐ口にしたのも毎回きちんと私の話を聞いていれば、その時私から仕事を奪うことのほうがどれほど危ないかもわかったのではないかとの怒りもわいてきました。

 

そこまできてしまうともうその病院に近づくだけで調子が悪くなってしまいます。

たまたまネットを徘徊していた時に役所の方でも相談できるに乗ってくれるとの事だったので思い切って行ってきたのですが、やはりもう少し元気になったら転院したほうがいいかもしれませんねとアドバイスを頂きました。

 

そのアドバイスを頂いてから更に1週間ほどたってからでしょうか、その間病院にいったわけでは無いですが増えた薬がしっかりと効き始めたので思い切って転院しようと初診は予約で窓口に直接来て頂いても相談に乗りますとの病院にまず行って、今までのことを話したら、まずは紹介状を持って予約してくださいと門前払い

その紹介状をとりに行くのも大変なんだって言ってるにもかかわらずです( ̄  ̄メ)

 

次に他の病院に電話で事情を説明して予約をとろうと思ったのですが、散々はじめに電話に出た人に話したあとに相談室の方に電話を回されまた同じ話をして口調が柔らかくなっただけで紹介状が無いと診れないと門前払い( ̄  ̄メ)

 

 

その後、何正直に私は話をしているんだろうと思い近くの予約制ではない心療内科に行きました。

心療内科でもうつは見てくれるものだとばっかり思っていたのですが、苦手な先生もいらっしゃるのですね。

それでも、薬だけは出しましょうと言ってくださって、更にいい加減な医師の前の処方箋をまだ持っていたので薬の種類も変更してもらえました。

 

これでなんとか薬だけは確保できました。

 

うつ病は苦手だとおっしゃっているのでまた転院すると思うのですが、とりあえずは一安心。

それでもやっぱり紹介状はあったほうがいいとおっしゃっていたので私のある意味わがままを聞いてくれて薬を処方してくださったので、頑張って電話で注文(*゚∀゚)゛

 

本来は医師と話し合って出すものらしいのですが、幸いその日はその医師は休みでケースワーカーとの電話での話のみで済みました。

それでも先日取りに行ってきたのですが、その病院に行かなきゃならない、そして近づいてくるにつれて不安がものすごく大きくなって調子が悪くなりましたね。

 

まだまだ、先は真っ暗ですがその病院に殺されることはなくなったかなと思います。

 

ついでに、2軒だけですが病院に助けを求めても紹介状が無いとダメだと門前払いをしている病院がうつでの自殺者の数を増やしているのかなぁ~などと思ってしまいました。

 

 

 

そもそも紹介状って、大きな総合病院など医療機器のそろった病院に軽い症状の患者を少なくして重症の患者さんをより多く助けるためにあるものだと思っていたのですが、なぜか医療の手抜きに使われているようにしか思えないですね。

2011年11月23日 (水)

何となく…

昨日の夕方からいい場所無いかとドライブに行ってきた。

もうなんだかすべてが嫌になったから来年早々にでもと小さい頃よく連れていってもらったところまで行ってきた。


場所は何となくここらへんていいなぁ〜と思えるところが何箇所かあってよかったけど道端には既に雪が…

思ってた日に行くのはムリそうな感じdown


となると夏過ぎまでムリかなぁ〜down


早朝について今日は一泊するつもりでホテルに予約してたけど、何となく元気だったからキャンセルして帰ってきちゃった。


したら、やっぱり疲れてたみたいdespair

ICの出口の道路でちょっと気を許した瞬間にセンターポールと喧嘩しちゃったweep

あ〜ぁ、大好きな車にまた傷付けちゃったcrying

負の連鎖は止まらないねdespair

2011年9月12日 (月)

本来なら今日までの休職でしたが・・・

仕事をしなく(出来なく)なってすでに1ヶ月が経とうとしています。

 

身体自体は随分と回復したように思います。

 

何もやる気がしないのと常に眠いのでほぼ1日寝ているおかげでもあると思いますが・・・

 

精神的には家に居る分には随分と落ち着いてきている感じはします。

 

外出して人の多いところに行くとまったくダメですが・・・

 

改めてうつ病のことを調べなおしてみると「治る」に医者との見解に差があるようなので落ち込んでみたり・・・

 

再発、再再発の確率のデータを見て愕然としてみたり・・・

 

なんかよくはなって薬も要らなくなっても一生付き合っていかないといけないみたいです。

 

そんなことがわかると、何も出来なかったことに後悔してみたり・・・

 

社会復帰できたとしても自分が思ったまま仕事をしていては同じ事の繰り返しになりそうなので根本的なところを変えなきゃいけないようですが・・・

 

今までの仕事に対する姿勢で評価してもらっていたのでそこを変えてしまうのもどうなんだろうと・・・

 

元の生活には決して戻れないんだなぁと改めて実感して絶望していたりします。

2011年8月31日 (水)

休職の勧めと診断書とそれから・・・

震災直後から精神的に落ち着かない日々を送っている中、

 

仕事のほうは計画停電、物資の調達状況の混乱

 

そんな中でも少ない時間でいかに多くのことをこなすことを考え仕事をし続け

 

6月ごろからは停電はなくなったものの部品の入荷は混乱したまま

 

毎日変わる工程にあわせ自分のことよりも仕事に専念して

 

そのまま繁忙期へ・・・

 

部品の入荷も予定通りではなく一部のものだけは入ってくるといった感じ

 

工程はまだまだ毎週のように代わり、会社側は出来るものからどんどん作っていって今までの損失分を取り返そうと必死

 

それは会社としても当然のことだし、それに応えれるように時間短縮時と同じ仕事の仕方をしながら毎日の深残・・・・

そしたら・・・・

 

 

 

 

 

自分のほうが壊れました

 

 

 

 

 

夏休み少し前の診察で休職したほうがいいと担当医師からの提案・・・

 

あと少しで夏期休暇(その夏期休暇もはじめ二日間は出勤でしたが)なのでもう少し待ってととりあえず保留してもらってはもらったものの

 

それまでは1ヶ月に1度の通院だったのだけれど今の状況ではそれは出来ないと言うことで2週間後に通院、その時はすでに夏休みに入っていたけれど

 

 

 

1ヶ月程度の自宅療養を必要の見込みである

 

 

 

との診断書が渡され休職決定

 

その2週間のうちに考えたことは前回未遂で終わったことを完全にすること

 

派遣社員なので1ヶ月も休んだら次の更新は期待できない

 

当然更新できなければまた就職活動をしなければならなくなりまた地獄のような日々が続く

 

いろいろと調べたり考えたりしている時は悲しいみなく少し興奮気味

 

もともと病気のことは告げずに就職しているので診断書を持って行くのだけでもかなりの労力を要するので病院側でできないかと担当医に聞いてみたもののそれは出来ないとあっさり却下

 

自宅に帰ってきてからどうしようか悩んだ挙句、診断書は郵送することに

 

そして診断書が渡された次の日から人生最後のドライブのつもりで朝早くに自宅を出発

 

自宅で行わなかったのは築5年程度の一軒家だったので少しでも売れる状態にしておきたかったから

 

あとの処理をしてくれる人に少しでも足しになってもらえればと・・・

 

そのままなんとなく行き先を四国の方に決めて高速道路を休み休み走っていきました

 

仕事をしている時は朝早くに起きて夜遅くに帰ってくる生活

 

休日は一人暮らしだから平日出来なくてしなきゃいけないことと食料の調達などして、あとはかなり体に負担をかけていたのでただ、ただ体を休めることだけに集中してた

 

 

気分転換をする暇も無く・・・

 

 

そして久しぶりの愛車でのドライブ

 

はじめはずっと目的のためだけに走っていたけれど、数時間走っているうちに気分転換になったのか、実家が近づいたら

 

 

ふと、兄の顔でも見ていこうかな

 

 

と、その時ですでに目的は果たされないものとなってしまっていました

 

兄宅に着いたときには運悪く留守だったけれど、もうその時点でそれ以上走る気力も体力もなくなっていたのでホテルに急遽予約を入れてホテルへ

 

ホテルについてから姉にメールして、派遣会社の営業に休職のことをとりあえず電話報告しました

 

結局姉も外出中だったのですが、兄へ連絡をしてくれて兄から電話がありました。

 

少し話はして結局次の日に会うことに

 

次の次の日が母の初盆だって事で集まることになっていたらしいのでお墓の清掃を兄と2人で・・・

 

その頃は歩くのもままなら無いぐらいの体になっていたので実際はついていっただけですが

 

そしてそのまま母の初盆に参列

 

兄弟とその家族がそろったのですが離れて暮らしているのと自分の状況も状況なので居辛かったです。

 

その日もホテルに泊まって次の日の朝また営業に電話

 

本来ならその日から仕事だったので

 

いろいろ営業の方も混乱していたけれどとりあえずその日は休みで夕方また電話をするとの事

 

自分のほうは平日だったので高速の深夜割引を使いたかったのでノンビリ帰ろうかと思って前日時間つぶしにいった図書館に再び寄って前日にちょっと興味を持って読み始めた本の続きを読んでいたのですが、途中から読む気もしなくなって帰る事に

 

SAなどで時間をつぶしながら、1日かけて帰ってきました。

 

途中SAで営業と電話したのだけれどとりあえず来月12日までは休職ということでと

 

派遣先会社の方も心配しているとの事でした

 

電話をもらって真実はわからないけれども派遣先会社でも必要としてくれているみたいだったので1ヶ月で何とか復帰したいなと思い始めてもいました。

 

1ヶ月で復帰するためにも予定外に出来た時間ではあるけれど、その間に骨折時の金属を取り除く手術もしてしまおうと思い次の日病院へ

 

いろいろと事情を話してすぐに手術の予定は決まりました。

 

 

 

 

 

ただ、その手術の2日前に再び営業から電話があって派遣先会社の方の忙しいのが半端なくなってきていたようで休職で在籍にしておくと新たに人を入れることも出来ないので一時除籍にしてくれと・・・・

 

病気が病気なだけに長期化することも予想されるので(事実、一回目の社会復帰まで2年要してますしね)そこで反発したところでどうにもなら無いのでそのまま承諾

 

これも真実は定かでは無いけれども派遣先会社のほうは治れば(どの状態を治ったとするのかはわかりませんが・・・)戻ってきて欲しいといっていると営業は言っていました

 

目標を失ってしまって少し放心状態になりましたが、2日後の手術は決まっていたのでとりあえずはまた、手術が終わってから考えようと

 

そしてその時営業から保険の切り替えなどの書類を渡さないといけないしとの事で明日会うことになっています。

 

その時にこの先の事をもう少し詳しく聞いてみたいと思います

 

 

 

手術は2泊3日の入院で無事終えました

 

傷跡はまだ少しうづくけれども脚の中の異物感がなくなってちょっとすっきりです

2011年3月20日 (日)

テレビを見ていても

イライラするばかり

原因はCM…

それもACの…

同じものを何度も何度も…
購買意欲を高めちゃいけないから放送局の自主規制なんだろうけど…

今の自分にとってはイライラの種でしかない(−_−メ)

時間稼ぎためだけなら流さないでほしい

地震津波の被災者の方々への援助や心遣いはもちろん大切

でもあのCMは見ている人にそれを強要してるよね(−_−メ)

じゃあ見なきゃいいじゃんって言われそうだけど

今日一番組みたら見るのやめた

見たいのはビデオに録ってCM全部飛ばしてみる

ただニュースが見れないから被害がどうなってるのかは気になるけど

PCである程度は見たけどテレビのニュースと違って自分から探さないと情報が入ってこない

テレビのニュースは一方的だけどイロイロと流してくれるからね

被害が大きすぎるからこんなときはテレビの方が便利なんだけど

早く元に戻ってくれないかな

2011年3月19日 (土)

ちょっとヤバいsign03

地震が起きて1週間以上経ちましたね

被災地は今だ大変なことになっているみたいですね

そして






被災地でも無いところでも…


まだまだうつ病の治療中の私には今現状はすごく不安定になっています

計画停電のせいで仕事の時間は短縮され、会社の損失が膨れるばかり

大規模停電になって更なる災害が起きてしまうのはいただけないですが

毎日のように変わる東京電力の対応

任される仕事も増えていろいろと混乱している中での今回の地震

完璧にパニックです

そして最近の日々の唯一楽しみであったSNS友達とのメールのやり取り

ネットワーク環境の混乱を回避するため通知メールの配信は中止しますだって

当然mailも出来ず…

仕事にも集中させてもらえずmailも出来ない

精神状態が悪くなって行くのを感じます

どうなっちゃうんだろdespair

2011年1月30日 (日)

見てる人いないだろうなdespair

すごく久しぶりの更新

元妻と娘とは絶縁状態です
仕事を始めてからしばらくはメールのやり取りもしていましたが…

内容的には私の病状が悪くなことばかり…

返事をするといつまでも続けるので返事をするのをやめました

以前に書いたか記憶が曖昧ですが元妻は私が入院中からヘルパーの資格をとるとか…

一度やめそうになったところを娘にアニメ話しをされて続けることにしたらしい
餓鬼か!

ついでに言ってしまえばうつ病だった私の介護もろくに出来ず自殺にまで追い込んだ人がヘルパーなんて無理だろ(怒)

あげくの果てには私の財産を引き落としたら周りには泥棒扱い

これは他の人から聞いたのですが


その後も娘の行事などあったはずですが何の連絡も無し

当然娘からも手紙の一つもありゃしない

娘の気持ちを確かめる方法はないので娘がまだ気にしてくれているとすれば止めてる人物はただひとり

あげくの果てには昨年寒くなったときに

冬物を取りに行きたいから家に上がることを了承していただきたい

と父親の携帯からメールしてきた

その後小心者の父親から電話があったが話す気なんてするはずも無し

出先だったので帰ってからそんなことを平気でやれる人達のことを信用することは絶対に出来ないので許可できませんとメールしました

次の日の朝に今度は本人からメールがあったのですが、それも私の叔母に電話して(早朝です、非常識さが出てますね)自分で電話しなきゃダメでしょといわれて

電話しなきゃと言われたにもかかわらずメール

しかも謝罪の言葉は無く電話してもでないし着信拒否されているかと思ってだと
電話なんてしてきたこと無いくせに

そもそも元妻が使っている携帯も私名義、携帯代も私が払っているのによくそんなことが書けるな

何も言う気もしないので前日に送ったメールのとおりだと返信

じゃあ、せめて冬服だけでも送ってくれとだと、アホか


ここまで自分達のことしか考えない一家にはあきれるばかり


振り返って見れば父親のほうも仕事のことで悩んで荒れて元妻の一言で自殺をし未遂に終わって入院していた私の退院のときに自分の息子の仕事自慢

思いやりのかけらもありゃしない

母親のほうも娘が生まれたときにいったことは私の言うことを聞いていれば大丈夫だからと

そして息子の騒ぎのときにはちゃんと面倒見てくれていると思ったのにだと

私やその息子のお嫁さんはおまえ達子供の保護者じゃないっての

そんなこと気づくとあの一家全員ムカついて仕方が無い


絶縁しているとはいえ関係してしまったこと自体に腹立たしい

正式に離婚はしているのでそのことは問題無いだろうと思うのでけれど

こっちの気がおさまらないので自殺幇助の罪ででも訴えてやりたい、マジで


何書いてるんだろ

もう一つ強く思うことは上のことには矛盾してるかもだけどなぜあの時死ねなかったんだろうって

生きて行く理由が無い

意味もわからない

2010年6月 6日 (日)

疲れた!

 6月に入ってから予定通り残業がスタートしました。

 まだ2時間だけですが・・・

 そして昨日は休日出勤・・・

 しばらく毎日ブログアップしてきましたがしばらく無理そうです。

 そんな気力が残っておりませんので(; ̄ー ̄A アセアセ・・・

 

 そんなわけで今日はのんびり休みたいところですが、一人暮らしの悲しいところ平日やれない掃除や洗濯をしなければなりません。

 早めにすましてのんびりとしましょ

2010年5月31日 (月)

今日で5月も終わり・・・

 仕事のほうは今週から残業するとのことだったのですが6月からということに・・・

 まだまだ熟練度が足らないためだと思われるが残業時間にまで私がやれる仕事が無いようです。

 残業してしっかり稼いで貯金したいのですが、世の中そんなに甘く無いようです(T_T)

 

 明日からは残業があることを祈りましょう

 体力の方はまだまだぜんぜん追いついていませんが(; ̄ー ̄A アセアセ・・・

2010年5月30日 (日)

休日・・・

 まだ2日半しか働いていないけど全身筋肉痛です(T_T)

 

 それでもちゃんと6時に起きて洗濯を・・・

 一人暮らしなのでこいいうところが大変だね

 そしてそれまではスティック型の簡易の掃除機しかもっていなかったので就職も出来たことだし掃除機を買いに行ってきました。

 そんな高いのは買えないので少し調べてから1万3千円ほどのサイクロン式の掃除機を買ってきました。

 帰ってきて早速使ってみたのですが、当然今までのよりはるかによくごみを取ってくれていそうです。

 そして、今までのは一回家の掃除をすると掃除機のほうも掃除をしないとほとんどごみを吸ってくれなくなってしまっていたのですが、さすがにそんなことも無くまだまだそのまま使えそうです。

 まだ給料はもらっていないのでいたい出費ですがまぁ仕方が無いかな。

 

 そうそう、ヤマダ電機にダイソンから出ている変な扇風機http://www.dyson.co.jp/fans/おいてありました。

 購入した掃除機よりもぜんぜん高い扇風機ですが、通常の扇風機と違って羽が無いので掃除が楽そうだし、風は確実に出ているのですが視覚的にどこから出ているのかわからなくて面白かったです。

 

 そして午後は・・・明日からの仕事に備えてほとんど寝ていました。

 しかし、寒い一日でしたね。

その他のカテゴリー