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2011年1月

2011年1月30日 (日)

見てる人いないだろうなdespair

すごく久しぶりの更新

元妻と娘とは絶縁状態です
仕事を始めてからしばらくはメールのやり取りもしていましたが…

内容的には私の病状が悪くなことばかり…

返事をするといつまでも続けるので返事をするのをやめました

以前に書いたか記憶が曖昧ですが元妻は私が入院中からヘルパーの資格をとるとか…

一度やめそうになったところを娘にアニメ話しをされて続けることにしたらしい
餓鬼か!

ついでに言ってしまえばうつ病だった私の介護もろくに出来ず自殺にまで追い込んだ人がヘルパーなんて無理だろ(怒)

あげくの果てには私の財産を引き落としたら周りには泥棒扱い

これは他の人から聞いたのですが


その後も娘の行事などあったはずですが何の連絡も無し

当然娘からも手紙の一つもありゃしない

娘の気持ちを確かめる方法はないので娘がまだ気にしてくれているとすれば止めてる人物はただひとり

あげくの果てには昨年寒くなったときに

冬物を取りに行きたいから家に上がることを了承していただきたい

と父親の携帯からメールしてきた

その後小心者の父親から電話があったが話す気なんてするはずも無し

出先だったので帰ってからそんなことを平気でやれる人達のことを信用することは絶対に出来ないので許可できませんとメールしました

次の日の朝に今度は本人からメールがあったのですが、それも私の叔母に電話して(早朝です、非常識さが出てますね)自分で電話しなきゃダメでしょといわれて

電話しなきゃと言われたにもかかわらずメール

しかも謝罪の言葉は無く電話してもでないし着信拒否されているかと思ってだと
電話なんてしてきたこと無いくせに

そもそも元妻が使っている携帯も私名義、携帯代も私が払っているのによくそんなことが書けるな

何も言う気もしないので前日に送ったメールのとおりだと返信

じゃあ、せめて冬服だけでも送ってくれとだと、アホか


ここまで自分達のことしか考えない一家にはあきれるばかり


振り返って見れば父親のほうも仕事のことで悩んで荒れて元妻の一言で自殺をし未遂に終わって入院していた私の退院のときに自分の息子の仕事自慢

思いやりのかけらもありゃしない

母親のほうも娘が生まれたときにいったことは私の言うことを聞いていれば大丈夫だからと

そして息子の騒ぎのときにはちゃんと面倒見てくれていると思ったのにだと

私やその息子のお嫁さんはおまえ達子供の保護者じゃないっての

そんなこと気づくとあの一家全員ムカついて仕方が無い


絶縁しているとはいえ関係してしまったこと自体に腹立たしい

正式に離婚はしているのでそのことは問題無いだろうと思うのでけれど

こっちの気がおさまらないので自殺幇助の罪ででも訴えてやりたい、マジで


何書いてるんだろ

もう一つ強く思うことは上のことには矛盾してるかもだけどなぜあの時死ねなかったんだろうって

生きて行く理由が無い

意味もわからない

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